臭いが過酸化水素の臭いだと気づくが早いか、彼は彼の部屋のドアの外側の把手《とって》には、何故だか知らないけれど、ガアゼの繃帯《ほうたい》が巻いてあったことを突然思い出した。そうして彼は、彼が何遍もその前を往復した NO.5 の部屋のドアの把手がその通りであるのを認めた。おれはこのおれの手でさっきそれを握りながら今までこいつに気がつかなかったとは何事だい!(そこで彼は思いきってそのドアを押し開けた。)やっぱりおれの部屋だ。空《から》っぽのおれがおれを待っている。夕方、おれがそこら中に脱ぎ棄《す》てておいた外套《がいとう》や上衣や襯衣《シャツ》や、それから手袋や靴下のようなものまでが、みんなそれぞれにおれの姿を髣髴《ほうふつ》させている。……
 彼はやっとこさ自身のベッドにもぐり込みながら、今しがたの変な錯誤をゆっくりと考え直した。――つまり、病院には NO.4 なんて部屋は始めから無いのだ。4[#「4」に傍点]は不吉にも死[#「死」に傍点]と暗合するから。で、おれの部屋は四番目であるのだけれど、しかも5という番号がつけられている。ただそれきりなのだ。……だが待てよ、その厄介な番号をもった
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