恢復期
堀辰雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)枕《まくら》もと
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)彼|等《ら》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)4[#「4」に傍点]
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第一部
彼はすやすやと眠っているように見えた。――それは夜ふけの寝台車のなかであった。……
突然、そういう彼が片目だけを無気味に開《あ》けた。
そうして自分の枕《まくら》もとの懐中時計を取ろうとして、しきりにその手を動かしている。しかしその手は鉄のように重いのだ。まだその片目を除いた他の器官には数時間前に飲んだ眠り薬が作用しているらしいのである。そこで彼はあきらめたようにその片目を閉じてしまう。
が、しばらくすると、彼の手がひとりでに動き出した。さっきの命令がやっといまそれに達したかのように。そうしてそれがひとりで枕もとの懐中時計を手捜《てさぐ》りしている。その動作が今度は逆に、彼自身ほとんど忘れかけていたさっきの命令を彼に思い出させる。
「まだ三時半だな……」
彼はそうつぶやくと、一つ咳《せき》をする。すると
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