もうヴェランダはうすら寒かった。
 彼は客間にはいって行きながら、こんな朝はもう煖炉《だんろ》を使うのも悪くはないなと思った。彼はこの別荘に来た時から、その客間の片隅《かたすみ》に古い熔岩を組み合せてこしらえられてある山家らしい煖炉に目をつけ、それを一度使ってみたいと始終思っていたのである。それで、その朝、とうとう彼は女中に言いつけて松の枝をどっさり持って来させた。そうして自分で煖炉の前にしゃがみ込みながら、それを焚きつけにかかった。
 やっとその小枝に火が燃え移って、ぱちぱちとそれが快活な音を立て出すと、叔母も自分の椅子をその火のそばに近づけた。
「そうしているところは、あなたも随分丈夫そうになってね」叔母が言った
「そうですか。――でも、もうかれこれ一年になるんですからね……ねえ、叔母さん、僕ね、去年二回|喀血《かっけつ》したでしょう。……最初の時は、どういうもんだか気持がよかったくらいでしたよ。そりゃ何しろ生れて始めてなので、びっくりしたことはびっくりしたけれど、もうこのまま死んで行くのだと思ったら、かえって落着いてしまったのでしょうね。……だけど、二度目のときはほんとに厭《いや
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