と聞きながら、或る朝、彼が二階のベッドの中でいつまでもぐずぐずしていると、突然戸外でマグネシウムを焚《た》いたような爆音がした。それと同時に家全体がはげしく動揺した。
「浅間山よ……早く来てごらんなさいよ」階下のヴェランダで叔母が叫んでいるらしかった。
彼は寝間着の上に上着をひっかけてヴェランダへ降りて行った。
「僕はまた写真屋がマグネシウムでも焚いたのかと思った。それにしては朝っぱらから変だと思ったけれど……」
なるほどヴェランダからは、浅間山がその花キャベツに似た噴煙をむくむくと持ち上げている何とも云えず無気味な光景がはっきりと見えた。その無気味な煙りの中には、ときどき稲妻《いなづま》のようなものが光っていた。その閃光《せんこう》は熔岩《ようがん》と熔岩とがぶつかって発するものだということを、去年の夏、彼は人から聞いていた。
彼はその凄《すさま》じい噴煙を見上げながら、丁度今の自分と同じようにそれを見上げていた去年の夏のまだいかにも健康そうだった自分の姿をひょっくり思い浮べた。そうしてそれに比較すると、今の自分の方がかえって夢の中にでもいるような気がしてならなかった。……
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