》だったなあ。――あの時はもう、ひょっとしたら助かるかも知れないという気がしていたもんだから、かえって慌《あわ》ててしまって、僕は無理矢理に咽喉《のど》から上げてくる血を半分ばかり飲み込んでしまったんだからなあ。そのあとの気持の悪いったらなかったし、医老には叱《しか》られるし……僕はあの時くらい人間の生きようとする意志を醜く思ったことはないなあ……」彼は何時《いつ》かひとりごとのように言いつづけていた。が、ふと彼のそばに叔母が何だか煙ったそうな顔をしているのに気づくと、彼は強《し》いて口をつぐんだ。そうして一本のくすぶっている小枝をいじくっていたが、その様子には何処《どこ》か言いたいことがどうしても言えないでそれをもどかしそうにしているようなところがあった。恐らく彼は叔母に向ってこう言いたかったのかも知れない。……
「叔母さん、そんなに僕が生きていればいいと思いますの?」……
そうして二人はそのまましばらく黙っていた。
そのうちにさっと何かが木の葉の上に降ってくる音がし出した。それは乾《かわ》いた雨のような音だった。
「浅間の灰かな?……」叔母はそうつぶやくと、そっと立上って窓ぎわ
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