の唇《くちびる》に押しあてた。彼はそれを一息に飲み干した。
「…………?」
 彼はその親切な西洋人たちにどんな言葉で感謝を示したらいいのか分らなかったので、ただにっこりと笑って見せた。
 その時彼の額へ手をやっていたその細君らしい西洋婦人がひょいとうしろを振り向いたので、その方へやっと頭を持ち上げながら彼も見てみると、ホテルのポオチのところにドロシイとその妹は、丁度ホテルへ遊びにでも来ていたと見える彼女らの友達らしい五六人の少女たちに取りかこまれていた。そうして一種の遊戯かなんぞをしているように、ドロシイの説明を聞こうとしていくつもの金髪を一とところに集めているそれらの少女たちの姿は、まだすこし頭の痺《しび》れている彼には、あたかも葡萄《ぶどう》の房《ふさ》のようにゆらゆらと揺れながら見えた。……


 ……ここにこうして居ると、そういう数年前の光景の一つ一つが、妙に生き生きと彼の心のなかに蘇《よみがえ》ってくるのは、どういう訣《わけ》かしらと考える度毎に、彼はこの樹蔭《こかげ》に何かしら一種特別な空気のあることに気づかないではなかったけれど、つい面倒くさいので彼はそれをそのままにして
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