と、彼女は何だか困ったような真面目《まじめ》な表情で彼を見上げるのであった。彼はそういう表情を美しいと思った。――或《ある》時、彼はドロシイとその小さな妹とを連れて、オルガン岩のほとりへ散歩に行った。その散歩の間、ドロシイは絶えずはしゃいでいたが、その帰途、突然一つの小さな崖《がけ》の上へよじのぼってしまった。それは彼女によじのぼることはどうにか出来ても、そこから下りてくることは危険に思われるほどの急な傾斜だった。どうするだろうと思って見ていると、ドロシイはちょっとその傾斜を見て首をかしげていたが、いきなりそこを駈《か》け下りてきた。あぶない! と彼が叫ぶのと殆《ほとん》ど同時に、彼女は途中で足を滑《すべ》らしながら、彼の足許《あしもと》へもんどり打って落ちてきた。……しかし彼女はすぐ起き上った。見ると彼女の白い脛《はぎ》には泥がつき、何かで傷つけたらしく血が滲《にじ》んでいた。彼女はしかしそれを見ても泣かずにいた。ともかくもすぐそこのホテルまで連れて行って何とかしてやろうと思いながら、その怪我《けが》をした少女とそれからもう歩き疲れているらしいその妹とを二人、両手に引張ってホテルに向
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