う客が帰った跡と見えて、その裏庭に面したフレンチ・ドアに叔母がぼんやり凭りかかっているのを見つけると、
「叔母さん」
 と彼はその寝椅子の中から声をかけた。
「ここにこうしていますとね、僕はきっとドロシイのことを思い出すんですよ……どうしてかしら?」
 叔母さんはまだぼんやりしている。よほどお疲れになったと見える。
「ドロシイは今年は来ていませんの?」彼はうるさく質問するのである。
「ドロシイさんの家は何でも去年カナダへお帰りになったそうよ」
「そうですか。――おや、おや、僕は年頃のドロシイが見たかったんだがなあ……」


 ……数年前、彼はそのドロシイの隣りの別荘に一夏を暮したことがあった。やはり叔母と一しょに。――その頃ドロシイはまだ七つか八つ位であった。彼はときどきそのドロシイや彼女の小さな妹たちと一しょになって遊んだ。ドロシイは綺麗《きれい》な女の子で彼女の美しい名前によく似合っていた。日本語も上手だった。しかし彼と話をしているうちに日本語が分らなくなると英語でしゃべった。そうして英語などで人としゃべったことのない彼を一寸《ちょっと》黙らせた。そういう時いつまでも彼が黙っている
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