、いずれも他の古椅子とあまり変らなかった。これはひょっとすると彼等が三十年前スコットランドから日本へ移住して来た時他の家具類と一緒に向うから持ってきた物かも知れない。そのとき彼等には丁度五つか六つぐらいになる子供が一人あったのだろう……だが彼はこれまでついぞそういう彼等の息子《むすこ》らしいものを見かけたことは無かったけれど……その息子、と云っても今ではもう三十以上になっているに違いないが、彼は自分の職業のために一人で故国に帰っていたのだろうか、それとももしかしたらもう死んでしまっているのであるまいか?……いずれにせよ、この可憐《かれん》な椅子がそれを見る度毎に彼等老夫婦の心を慰めていたであろうことは容易に想像される。そうしてこの別荘を立去る時、その老夫婦はこの椅子一つのためにどんなに心をなやましたことであろうか?
 ……それらの古びたいくつかの家具がしめやかに語りだすところの、そう云うロマンチックな物語に耳を傾けながら、それらの語り手の一人である、すこし彼には大き過ぎる寝台の上に、到底眠れそうもないと思いながら横になっているうちに、彼はいつしかすやすやと寝入った。……


 夕飯のと
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