をつけたがる西洋人に倣《なら》って、彼もこのへんの小径を自分勝手に Philosophen《フィロゾフェン》 Weg《ウェグ》 と呼んでいたくらいだったのに。……あの老夫婦もとうとう彼等の任期を了《お》えて故国にでも帰ったのかしら。――そう云えば、この老夫婦が他の亜米利加《アメリカ》の宣教師たちと異《ちが》って、いかにも趣味のいい、そして地味な暮し方をしていたらしいのは、彼等が彼等に代ってこの別荘に入るであろう人達のために残して行った幾つかの古びた家具類、――例《たと》えば大きな寝台とか、がっしりした食卓とか、稚拙な彫りのある椅子などを見れば分かる。どれもこれも三十年ぐらいはごく注意して、傷一つつけずに、使い通してきたものらしい。たとえ異国であろうとも、こんな風にごく上等な品物をごく長い間使い慣らしていた老人たちの心柄は、ただ質素であると云ってしまうにはあまり奥床しく思われる。――彼はそれらの家具類の間にちょこんとしている一つのごく小さな椅子に、丁度五六歳の子供にしか掛けられないような一つの椅子にふと眼を止めた。その小さな椅子は木質の古びと云い、それに彫られてある模様の稚拙な感じと云い
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