いたそこら中の沢山の斑点が、突然、彼の目に真赤に映った。そしてそれが本物の痰のように見えた。――おや、おれは何時の間にこんな血を吐いたのかしら?……彼は気味悪そうにそれから目をそらしながら、なんだかこのまま自分が死んで行くのではないかという気がされてならなかった。そうして彼は、今しがた夢フ中で彼を苦しませたところの友人たちが、彼の死を知らせる電報を手にしたまま、さまざまに驚愕《きょうがく》している有様を、一つ一つ病的な好奇心をもって描きはじめていた。……
彼がその何回目かの彼の「危機」から脱するためには、四週間たっぷりの絶対安静を要した。
六月に入ってから、或る日のこと、彼ははじめて露台に出ることを許された。彼は其処《そこ》から見えるあらゆる樹木がすっかり若葉を出しているのに眺《なが》め入りながら、目が痒《かゆ》くなるのを我慢していた。それらの樹木の多くが白樺《しらかば》と落葉松《からまつ》であることを知ったのも殆《ほとん》どその時が始めてであった。
熱は体温表の上で一時非常にジクザクな線を描いたが、そのジクザク[#「ジクザク」に傍点]は次第にその振幅をちぢめて行きながら、遂
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