たちが「鳩ぽっぽ」で遊ぶようにそれで遊ぼうとしていた。――だが或る朝、院長は、彼に彼が肋膜炎《ろくまくえん》を再発していることを告げた。そして彼が夜ふけの幻聴のように聞いていた何かの翼の音は彼自身の胸の中から起るものであることを知らされた。
彼は夜毎に不眠に馴れていった。彼はむしろ夜眠ることを欲しなくなった。眠ることは、彼には、ただ寝汗をかくことであったし、そのあとで高い熱の、きっと出るような悪夢を見ることに過ぎなかったから。だが彼は、不眠のままで、眼をあけたままで見てしまう恐しい夢はどうすることも出来なかった。……そんな或る夜に見たところの一つの夢であった。いつもは開《あ》けておく筈《はず》の窓をどうしてだかその夜は閉めておいたと見える。そとは月夜らしく、その閉じた窓の隙間から差しこんでくる月光が彼のベッドのまわりの床の上に小さい円《まる》い斑点《はんてん》をいくつも描いていたが、それはまるで彼自身がそこへ無神経にしちらした痰《たん》のように見えた。そういう変な光線のなかで、彼はふと彼の枕もとに誰かがうな垂《だ》れているらしいのに気づいた。ああ、Aが来てくれたな……(その瞬間Aがだ
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