の鍵孔《かぎあな》から彼の様子を覗いて行くものもあった。そんな時刻にはいつもまだ眠れないでいるところの彼は、そういう看護婦たちの行動を一つ一つ手にとるように知ることが出来た。また、それまでうとうと眠っているような場合でも、きっとそのへんな凝視を彼は神経に感じて目をさましてしまうのが常であった。そういうとき彼はびっしょり汗をかいていた。彼は看護婦たちの立去るのを待ってすばやくタオルの寝間着を裏がえしにした。――だが、そのうちにその深夜の訪問は十二時に限らず行われるようになった。ずっとその時刻の過ぎた夜中の二時か三時になって、まだ眠れずにいる彼はドアがひとりでに開いたり閉じたりするのを見た。誰かが鍵孔からじっと自分の様子をうかがっているのを感じた。しかもそれは一晩のうちに何回となく繰り返された。彼はその度毎《たびごと》にぞっとしながら、いつも眠った真似をしていた。そんな時彼の神経過敏になった耳は、どうかすると夜ふけの廊下に何かの翼の音のするのを聞いたりした。
 しかし彼はその子供らしい恐怖を誰にも訴えなかった。彼はその不眠と熱のためであるらしい幻聴に彼自身を馴《な》らそうとした。そして子供
前へ 次へ
全36ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング