鼬信じられない、その癖、どうも僕らがしたらしい、そして唯、僕らの粗雜な感覺がこれを氣づかないでゐたに過ぎないところの、さまざまな被害の苦情」が一ぱい書いてあつたさうであります。この話や、さつき眞夜中にプルウストの訪問を受けた友人の話(プルウストが歸つて行つたとき何んだか自分の部屋の、自分では氣づかないでゐた形だの、色だの、匂ひだのを持つて行かれたやうな一種の苛立たしさを感じたといふ)などから推して見ましても、確かにプルウストは他の人間の全く知らないやうな感覺の領分と交渉を持つてゐたことが理解できます。さういふ今まで誰もが語らうとしなかつた領分内のことを、プルウストは語らうとしましたから、甚だ不器用にしか語れなかつたのだと言ふことが出來ます。そしてさういふ不器用な、ぎごちないものこそは、プルウストに限らず、あらゆる獨創的な作家に背負はされてゐるところのものであると申しても差支へないやうであります。

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附記 「マルセル・プルウスト」はもうかれこれ十數年前の舊稿である。それ以來、私はいくたびかプルウストを讀み、そのつどこの大いなる作家に對する敬愛を深めて來た。今年の
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