んぞでも、作者は本の中にちやんとした主題を置いてゐるね。眞劍になつて何か云ひたがつてゐることのあるのが、讀者にも知らず識らず通じてくるのだ。だから、それをすつかり聞いてしまはないうちは、やつぱり中途で止められないのだね。
A 西洋の作家はそこが日本の作家と違ふな。僕などはあまり讀まないが、ときどき日本の小説を讀む度毎に考へさせられるんだが、一體何か云ひたいものを持つてゐてそれで書いてゐる作家が幾人ゐるのだい?
B …………
A で、その「フロオランス」といふのは、何を書かうとしてゐるの?
B 〔Le vent se le`ve, il faut tenter de vivre.〕(風が立つた、生きんと試みなければならぬ。)――ヴァレリイの詩句だが、これがこの小説の題辭《エピグラフ》になつてゐる。一番簡單に云ふと、さういふ生きんとする試み――その苦しい試みをピエェルがいかに超えていつたかが、その主題だ。もうすこし精しく云ふと、ピエェルとフロオランスとの出會、彼等の戀愛、昔の戀人に奪囘されるフロオランス、彼の嫉妬、――さういつた人生との痛ましい苦鬪ののち、遂にピエェルは自己の快樂を犧牲にし
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