に據ると、リヴィエェルは死ぬ一年ばかり前にこの仕事にとりかかつてからと云ふもの、それまで長いことすつかり失つてゐた少年時代の無邪氣な樣子、――殊に遊戲なんぞに夢中になつてたときのやうな樣子を取りもどし出し、さうしては口癖のやうに「僕にだつて小説が書けることを皆に分らせてやるんだ」と云つたり、「ああ早くこの本の出來上るのを見たいがなあ」と子供のやうに氣短かになつたり、又、ラジィゲの死んだ時は「僕もこんな風に死んでゆくんだよ」などと妹に云つたりしたさうだ。そんなに大事だつた小説を書きかけで死んで行かなけれはならなかつた男、しかもその書きかけの小説すら恐らく彼自身の期待からもひどく外れてしまつてゐたであらうこと、最後になつて遂に自分の才能を自覺しなければならなかつたこと、そんなことを考へたら誰でもこの小説を最後の頁(痛ましくも中絶されてゐる……)まで讀んでやりたくなるだらうぢやないか。すこし感傷的になつたが、もう止さう。さうして別の方から出なほさう。どうも僕はこんなことを喋舌つてゐるうちに、「フロオランス」にあるのはそんなものだけぢやないことに氣がつき出してきたんだ。――やつぱり、この小説な
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