足音が聞えたとき、彼は何を思ったのか自分でも分らずに、小径のそばの草叢《くさむら》の中に身をかくした。彼はその隠れ場から一人の西洋人が大股《おおまた》にそして快活そうに歩き過ぎるのを見ていた。
彼女はまだ庭園の中にいた。彼女はさっき振りかえったときに彼が自分の後から来るのを見たのである。しかし彼女は立止って彼を待とうとはしなかった。なぜかそうすることに羞《はずか》しさを感じた。そして彼女はたえず彼の眼が遠くから自分の脊中に向けられているのをすこしむず痒《がゆ》く感じていた。彼女はその脊中で木の葉の蔭と日向《ひなた》とが美しく混り合いながら絶えず変化していることを想像した。
彼女は庭園の中で彼を待っていた。しかし彼はなかなか這入《はい》って来なかった。彼が何をぐずぐずしているのか分るような気がした。数分後、彼女はやっと門を這入って来る彼を見たのであった。
彼はばかに元気よく帽子を取った。それにつり込まれて彼女までが、愛らしい、おどけた微笑を浮べたほどであった。そして彼女は彼と話しはじめるが早いか、彼が肉体を恢復《かいふく》したすべての人のように、みょうに新鮮な感受性を持っているの
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