である。
彼はしかしすぐに見おぼえのある郵便局を見つけた。
その郵便局の前には、色とりどりな服装をした西洋婦人たちがむらがっていた。
歩きながら遠くから見ている彼には、それがまるで虹《にじ》のように見えた。
それを見ると去年のさまざまな思い出がやっと彼の中にも蘇《よみがえ》って来た。やがて彼には彼女たちのお喋舌《しゃべ》りが手にとるように聞えてきた。彼は彼女たちのそばをまるで小鳥の囀《さえず》っている樹の下を通るような感動をもって通り過ぎた。
そのとき彼はひょいと、向うの曲り角を一人の少女が曲って行ったのを認めたのである。
おや、彼女かしら?
そう思って彼は一気にその曲り角まで歩いて行った。そこには西洋人たちが「巨人の椅子《ジャイアンツ・チェア》」と呼んでいる丘へ通ずる一本の小径《こみち》があり、その小径をいまの少女が歩いて行きつつあった。思ったよりも遠くへ行っていなかった。
そしてまちがいなく彼女であった。
彼もホテルとは反対の方向のその小径へ曲った。その小径には彼女きりしか歩いていないのである。彼は彼女に声をかけようとして何故《なぜ》だか躊躇《ちゅうちょ》をした。
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