て行った。
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ホテルは鸚鵡《おうむ》
鸚鵡の耳からジュリエットが顔を出す
しかしロミオは居りません
ロミオはテニスをしているのでしょう
鸚鵡が口をあけたら
黒ん坊がまる見えになった
[#ここで字下げ終わり]

 彼はもう一度それを読み返そうとしたが、すっかりインクがにじんでしまっていて何を書いたのか少しも分らなくなってしまっていた。
 それでもやはり彼は、約束の時間よりもすこし遅れてやってきた友人がひょいとそれを覗《のぞ》き込んだ時には、それを裏返えしにした。
「隠さなくてもいいじゃないか?」
「これは何でもないんだ」
「ちゃんと知ってるよ」
「何をさ」
「一昨日、いいところを見ちゃったから」
「一昨日だって? なんだ、あれか」
「だから今日は君が奢《おご》るんだよ」
「あれは、君、そんなもんじゃないよ」
 あれはただ浅間山の麓《ふもと》まで自動車で彼女たちのお供をしただけだ。「たったそれだけ」だったのだ。――彼は再びその時の夫人の言葉を思い出した。そしてひとりで顔を赧《あか》くした。
 それから彼等は食堂へはいって行った。それを機会に彼は話題を換えようとした。

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