としい御子様をもお手放しなされはすまいかと思いましたものでございますので――」などと心を入れて認めたのであった。
 御返事は翌日来た。長い御消息だった。養女の件は「喜んで」などといかにも心よい返事をして下すったが、その同じ御消息の中に、以前殿とおかたらいになられた日頃の事なんぞを何かと思い出されて細々《こまごま》と書かれてあった。自分なんぞの想像以上に不為合《ふしあわ》せであられたらしいお身の上には、何かと胸を打たれるような事のみ多いのだった。「いつのまにやら目の前を霞が一ぱい立ちこめましたようで、筆の立所《たちど》もわかりませず、たいへん見苦しい字になったようでございますけれど――」と最後を結ばれてあるのも、いかにもその御方らしい真実な感じがあるように思えた。
 それからも二度ばかりその御方と長い消息をとりかわし、とうとうその少女をわたくしの養女とする事になったので、又|禅師《ぜじ》の君が出向いて往かれて、その少女を志賀の里からともかくも京へ連れて来られたのだった。
 その事を聞くと、自分の愛娘《まなむすめ》をそうして京へ出立させて、いよいよ寂しくなられたその御方のお心の中はまあどん
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