さいまし……」――そう云うその人の御返事だったという事を、その翌日京へ帰った禅師の君から聞いて、その女房は私のところへ来て、一部始終を繰り返し、「本当に好うございましたこと。そう云う御宿縁でもございましたのでしょう。が、何よりもまあ、そのお気の毒な御方のところへ、御文をあなた様から早速差し上げなさらなければ――」と言うのだった。私も先ずそうしたいと思っていたところだったから、その日の夕ぐれ、その志賀の御方のところへ最初の消息を認《したた》めた。「かねがねよりあなた様の御ん事はお聞き及びしておりましたが、これまではついぞ御消息も差し上げませんでした。突然、こういう私のような者からこんな無躾《ぶしつけ》なことを申し出されて、まことに思いがけなく思し召されたでもありましょうけれど、禅師様がわたくしの日頃よりの心細い憂えをそこもとへお伝えなさいましたのを心よく御承引《おうけひ》き下さいました由、ほんとうに心から嬉しゅうございました。何かと遠慮いたされまする斯《か》かる申《もう》し出《いで》ゆえ、ずいぶん躊躇もいたしましたけれども、いろいろとそちらの御様子などお聞きいたし、若《も》しやそんなおい
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