只今のように空しく待たされて居りますると、どうもそれに一日一日と近づいて往かねばならぬのがいかにも緩《まだる》く、もどかしくて、反ってそれに近づけば近づくほどその日が遠のくように思われてなりませぬ。もういよいよと言うところまで待っても、私はそのとき自分が此どうにもならない堪え難さのためにどうかしてしまいはせぬかと不安で溜《たま》らないのです。どうか私からその不安を取り除くように、何とかお計らい下さいませんでしょうか」だんだん哀訴するような調子になって来ていた。
 そうなればなるほど、私はますます取り合わないように、「まさか私に殿の御暦の中を裁《た》ち切《き》って、すぐ八月が出るように、つないでくれと仰《おっし》ゃるのではないでしょうね?」と思わず笑いを立てながら言ったりした。
 頭の君はしかし、にこりともなさらずに、簾《みす》の方をじっと見つめて入らしった。そのため、私はその簾の中に自分の立てた笑いがいつまでも空虚《うつろ》にひびいているような気もちになったほどだった。私はそのときふいと殿の御手紙の事を思い出しながら、「それは御無理な事です。それに、この頃は殿にもこちらから御催促しにく
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