お伺いいたしました」と言ってよこした。そうやって何度も間に立たされている道綱が「早く何んとか言って上げませんか」としきりに私を責めるので、私はしょうことなくて几帳《きちょう》の方へ少しいざり寄っては見たものの、勿論、私の方から何も言い出すことはないので、そのまま無言でいた。頭の君はいざとなって、私に何んと言ったらよいのか、当惑なすって入らっしゃるような様子だった。なお、そのままにしていたら二人の間がいよいよ気づまりになって往きそうだったので、自分がそこにいる事を頭の君が或はまだお気づきにならないのかも知れぬと思って自分がそうしたようにお取りになればいいと、私は少し咳払いをした。ようやっと頭の君は口を切った。
 志賀の里から誰にも知らさないようにしてこっそりと私の許《もと》に引きとられた少女の事をひそかに聞き、その物語めいた身の上に何んと云うこともなしに心を惹《ひ》かれているうちに、だんだんその未知の少女の事を心に沁《し》みて思いつめるようになったなりゆきを、最初は妙に取り繕ったような声だったが、次第に熱を帯びた声になって、頭の君は語り出されたのであった。私はそういう頭の君の話をはじめか
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