ふんわりと掛け、太刀《たち》を佩《は》いたまま、紅色の扇のすこし乱れたのを手にもてあそんでいらしったが、丁度風が立って、その冠の纓《えい》が心もち吹き上げられたのを、そのままになさりながら、じっとお立ちになって入らっしゃる様子はまるで絵に描かれたようだった。
「まあ綺麗な方がいらっしゃること」奥の女房たちは、まだなんにも知らずに、裳《も》なども打ち解けた姿のまま、そんな事を囁《ささや》き合って、簾《みす》ごしにその青年を見ようとしているらしかった。折から、その青年の纓《えい》を吹き上げていた風が、其処まで届いて、急にその簾をうちそとへ吹《ふ》き煽《あお》ったものだから、簾のかげにいた女房どもはあれよと言って、それをおさえようとして騒ぎ出していた。恐らくその青年に、そのしどけない姿を残らず見られたろうと思って、私は死ぬほど羞《はず》かしい思いをしていた。
 ゆうべ夜更けて帰ってきた道綱がまだ寐《ね》ていたので、それを起しに往っている間の、それは出来事だった。道綱はやっとそのとき起きてきて、「生憎《あいにく》きょうはみんな留守でして――」などと頭《かん》の君《きみ》に言っていた。風がひどく
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