れるようになった。それもこの少女のために気が紛《まぎ》れるのかと思って、私は毎日のようにその少女を相手に歌を詠んだり、手習をさせたりしていた。
 殿もこの頃は物忌がちなので、お泊りになることは少ないが、よく昼間などお見えになる。そんな昼なんぞ、もう自分の老いかかった姿を見られるのは羞《はずか》しいようだが、どうにも為様《しよう》がないので、少女を自分の側から離さぬようにして物語のお相手などしているが、いつも派手好みで、匂うような桜がさねの、綾模様《あやもよう》のこぼれそうな位なのを着付けていらっしゃる殿に対《むか》っていると、いまさらのように自分の打ちとけて、萎《しお》たれたようななりをした姿がかえり見られ、可哀いさかりのこの撫子のために、こうしてわざわざ入らっしゃればこそ、さぞ自分は殿には見とうもなく思われたろうと悔やまれがちだった。
 葵祭《あおいまつり》が近づいた。その日になると、私は若い人たちを連れて、忍んで出掛けていった。暫く祭の行列を見物しているうちに、なかでも一きわ花やかに先払いさせながらやってくる御車があったので、どなたかしらと思って注意をして見ていると、その前駆の者共
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