ちで、殆ど門も鎖《とざ》したぎりなものだから、入らっしゃろうにも入らっしゃれず、そういう御文を毎日のように、門の下から差し入れさせて往かれるのも、それだけでもまあ大層なお心変りのように見える。
それから十数日ばかり立った或日の未《ひつじ》の刻頃、「殿がお見えです」と言い騒いで、俄《にわ》かに中門を押し開けなどしているところへ、車ごとお這入《はい》りになって来られた。
車の傍に男共が数人寄っていって、轅《ながえ》をおさえながら、簾《みす》をまき上げると、中から殿はお降りになられて、いきなり「綺麗だなあ」と仰《おっし》ゃりながら、いまを盛りと咲いている紅梅を見上げ見上げ、その下を徐《しず》かにお歩きになって入らしった。
そしていつになく上機嫌そうにして入らしったが、あいにくあすは方塞《かたふさが》りになっている事を申し上げると、「そんならそうと、なぜ先に知らせて置いて呉れなかった」といかにも不満そうに仰ゃられた。「若《も》しそうお知らせして置きましたら、どうなさいました?」と私はつい言わなくともいいのに言いかえした。「むろん方違《かたちが》えをして来たさ」と殿も殿で、あんまり見え透
前へ
次へ
全66ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング