赫かせていらしった。そして殿は「いっその事おれのところへ連れて往こう。――なあ、小さいの」と言いながら、少女の方へふり向かれた。少女はどうしてよいか分からず、いかにも当惑しきったように、しかし顔だけはあでやかにほほ笑んで見せていた。……
翌朝、殿は少女を又お呼び寄せになって、髪などをしきりに撫でておられた。そうしてお帰りぎわに、「さあ、これからおれの所へ一しょに往くんだよ。いま、車をこちらへ寄せさすから、そうしたらさっさとお乗り」などとそんな小さな子にまで揶揄《からか》われていらしった。少女はただもう困ったように袖を顔にしていた。殿はそういう少女の可憐な様子を、心残りそうにかえり見られがちに、帰って往かれた。
それからは御文を寄こされる度毎に、端にきまって「撫子[#「撫子」に傍点]はどうしているか」などとお書き添えになられるのだった。「山賤《やまがつ》の垣は荒るとも」などと云う古歌を思い出されてか、そんな撫子《なでしこ》なんぞとあわれな名をいつのまにかお附けになっていられるのも、本当に心憎いほどなお思いやりだこと。あいにくそれから殿も御物忌《おものいみ》つづき、こちらも何かと物忌が
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