やはりあいつらしい。――だが、あいつがこんなに大きくなって居ようなどとは夢にも思わなかった事だ。いまごろ何処をうらぶれていることだろうかと、ときおり急に気になり出すと、もう矢《や》も楯《たて》も溜らない位だったが……」そう云う御声はだんだん震え出してさえいられた。
 少女はそこに泣き伏していた。それを見ていた側近の者共も、そんな物語にでも出て来そうな奇しい邂逅《かいこう》には泣かされない者はいないらしかった。――そういう裡《うち》でも私だけは、まるで涙ももう涸《か》れてしまったとでも云うように、そしてそんな自分自身をも冷やかに笑っているより外はないかのように見えた。
 やがて、殿が何度となく単衣《ひとえ》の袖を引き出されては御目を拭われていらっしゃるのを、私は珍らしい物でも見るようにそのまま眺めていたが、それから漸っと言った。「もうお歩行《あるき》のついでにもお立ち寄りにならなくなったような私なんぞの所へ、こんなに可哀らしい子が参りましたけれど、これからはどう遊ばします?」
 暫く殿はなんともお返事なさらずにいた。が、ようやく顔をお上げになった時は、もういつものように私に挑むように目を
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