い》にでもなさるかのように、「勝手の分からぬ所に参っている者共はどうしているだろうな」と仰ゃりながら、何か気がかりなように、お帰りになって往かれた。

 それからまた数日の後だった。今度伊勢守になられた私の父は、また近いうちに任国へお下りにならなければならなかった。それでしばらくでも御一緒に暮らしたいと思って、あの方にはお知らせもせずに、私は父と共に或物静かな家に移った。そんなにまでしたのに、それから二三日した或|午《ひる》頃、急に南面の方が物騒がしくなった。「誰だろう、向うの格子を開けたのは」と私の父までも驚いて、皆と一しょに立ち騒いでいると、そこへ突然あの方がおはいりになって入らしった。そうしていきなり私の前に立ちはだかって、いくらか色さえお変えになりながら、傍らにあった香や数珠《ずず》を投げ散らかされ出した。しかし私は身じろぎもせずに、どんな事をなされようとも、じっとこらえながらあの方のなさるがままにさせていた。
 そんな心にもない乱暴な事をなさりながら、反ってあの方が私にお苦しめられになっているのが、どうという事もなしに、只、そうやってあの方のなすがままになっているうちに、私に
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