うから。まあ、こう云ったこの頃の私の切ない心もちと云ったら、あの根を絶たれて、もうすべての葉は枯れ出しながら、しかもまだそのか細い枝は以前のままに他の木の幹にからみついたままでいる、あの蔓草《つるくさ》に似ているとでも言えようかしら。
その八
それからほどもない或夜の事、思いがけずあの方がひょっくりお見えになった。そうしてこの間の晩の事をしきりにお言いわけなすって、「今宵こそと思ったから、忌違《いみたが》えに皆が出かけると云うのを出して置いて、おれだけこちらへ急いでやって来た」などと仰ゃられていた。しかし私には、そう云うあの方のお心の中がすっかり見え透いてでもいるかのように、あんまり言いわけがましく仰ゃるのを反っておかしい位に思いながら、あの方をいかにも何気なさそうにおもてなしをしていた。
そんな自分を自分でもずいぶん昔とは変ったなと思っていたが、流石《さすが》にあの方にもそう云った今の私がまるで別人のようにお見えになるらしく、それが何時も屈託なさそうにして入らっしゃるあの方までを、いくらか不安におさせしているらしかった。しかし、明け方になると、それをただその事の所為《せ
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