いたようだから」と、いつもに似ずお心がこもっているようだった。こうやってまでして、山から下りたばかりの私をおいたわりになろうとなすって居られるあの方のお心ばえも、そんな生憎《あいにく》な物忌のために、しばらく私からお遠のきになって入らっしゃる間に、又昔のようにつれなくおなりになられそうな事ぐらいは、私にもよく分かっていた。しかし私には、それをそのままに任せて置くよりしかたがないのだった。
その七
そう云うあの方の御物忌のお果てなさる日を私は空しくお待ちしているうちに、やがて七月になったが、或日の昼頃に「やがて殿がお出《いで》になる筈です、此方におれとの仰せでした」と言って、侍どもがやって来た。こちらの者も立ち騒いで、日頃から取り乱してあった所などをあわてて片付け出していた。私はそれを何かしら心苦しいような思いで見ていた。が、なかなかお見えにならないままに、日が暮れてしまったので、来ていた侍どもも「御車の装束などもすっかりなすってしまわれたのに、どうして今になってもお見えにならないのかしら」などと不思議そうに言い合っていた。そのうちにだんだん夜も更けて往くばかりだったが、とう
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