もう真夜中近くになりかかった頃、あの方が急にお気づきになったように「どちらが方塞《かたふさが》りにあたるか」と仰ゃられ出したので、数えて見ると、丁度此方が塞がっていた。「どうしようかな」と、あの方もお当惑なすったように仰ゃって、「ともかくも、一緒に何処かへ移ろうじゃないか」と私をお促しなさるけれど、私は打ち臥したぎり、まあ、こんな事ってあるものかしらと、胸のつぶれるような思いに身を任せながら、しばらくは返事も出来ないほどになっていた。それから私はようやっとの思いで口を開きながら「また他の日にいらっしゃいませ。ほんとうに方《かた》がお明けになってから入らっしゃると好かったのですのに」と諦め切ったように言った。あの方も、とうとう外にしようがなさそうに「例の面自くもない物忌《ものいみ》になったか」とぶつぶつ言われながら、真夜中近くをお帰りになって往かれた。そういうあの方の後ろ姿は、私の心なしか、いつになくお辛そうにさえ見えた。
 翌朝、すぐ御文をおよこしになった。その御文も「ゆうべは夜も更けていたのでひどくつらかったぞ。そちらはどうだったな。はやく精進明けをしなさい。大夫も大ぶ窶《やつ》れて
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