らくでもお勤をするが好いと私も思っていたが、大ぶ弱られたようだな。もうこの上はなるべく早く出られた方が好いだろう。今日出る気があるなら一緒に出ようではないか。」そんな事を父までがいかにも確信なされるように仰ゃり出すのだった。私はそれにはどう返事のしようもなく、まったく一人で途方に暮れてしまっていたが、そういう私にお気づきになると「じゃ、また明日でもやって来て見よう」と気づかわしそうに言い残されたまま、その日は父も急いで下山なすった。

 それから数刻と立たないうちに、大門の外に突然人どよめきがし出した。とうとうあの方が入らしったのだろうと思うと、私はますます一人でもってどうしたら好いか分からなくなってしまった。今度はあの方も遠慮なさらずにずんずん御はいりになって入らっしゃるようなので、私は困って几帳《きちょう》を引きよせて、その陰に身を隠しはしたけれど、もうどうにもならなかった。其処に香や数珠《ずず》や経などが置かれてあるのをあの方は御覧なさると「これは驚いた。まさかこんなにまで世離れていようとはおれも思わなかった。若《も》しかしたら山を下りられはすまいかと思ってやって来て見たが、これ
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