し出されていたが、それももう途絶えがちで、夕方になると、お帰りになって往かれた。
そういう兵衛佐などにお目にかかるにつけ、ふいと京恋しさを溜《たま》らないほど覚えたが、それをやっと抑えつけながら、ただお懐しそうに昔物語をし合っただけで、つれなく京へお帰ししてからと云うもの、私が何とはなしに気の遠くなるような思いで数日を過ごしていたところへ、京で留守居をしている人の許《もと》から消息があった。「今日あたり殿がそちらへ御迎えに入らっしゃるように伺いました。この度もまた山をお出なさらないようですと、世間でもあまり強情のように思うでしょうし、それに後になってから、もし山をお出なさりでもしたら、それこそどんなに物笑いの種になりますことやら」などと言ってきた。そんな世間の噂なぞどうだって構いはしないのだ、いくらあの方が御迎えに入らしったって、自分で出たい時にならなければ出やしないから、と私は自分自身に向って言っていた。丁度その日、私の父が田舎から上洛して来たが、京へ著《つ》くなりその足ですぐやって来て下すった。そうしてさまざまな物語をし合った末、父はつくづくと私を御覧になりながら「そうやって暫
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