れがおわかりになったものと見える。すぐには物も仰《おっし》ゃられずにいたが、やっと兵衛佐は口を開かれて「お声までがそうお変りなされるのも尤《もっと》もの事とは思いますが、もうそんな事はお考えなさいますな。このまま殿がお絶えなされるなんという事があるものですか。どうしてそう御ひがみなされるのか、私共にはわかりませぬ。殿もこちらへ参ったらようく言って聞かせてやって呉れなどと仰せられていました」と私を慰めるように言われる。「何もあなた様にまでそう云う御心配をしていただかなくとも、いずれそのうち此処からは出るつもりなのですけれど――」と私がいつになくつい気弱な返事をすると、「それなら同じ事ですから、今日お出になりませんか。私共もこのまま御供いたしましょう。何よりもまあ、この大夫がときどき京へ出られては、日さえ傾けばまた山へお帰りを急がれるのを、はたで見ていましても本当にお気の毒なようで――」などと道綱の事まで持ち出して切に口説かれるけれど、私はもう何か他の事でもじっと思いつめ出したように、返事もろくろくしないようになった。そのうちに兵衛佐もとうとうお諦めになったように、しばらくまた他の物語など
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