なしに開けて見たら、どこかの女のもとへ送るおつもりだったらしい御文がしのばせられてあった。私は驚いてどうしたら好いかもわからない位だったが、せめて自分がそれを見たと云う事だけでもあの方に知らせてやりたいと、わざとそれをそのまま放って置いた。しかし、あの方はそんな事には少しも気をお留めにならぬらしかった。――そんな事があってから、私はとても気になってそれとはなしにあの方の御様子を窺《うかが》っていると、或夕方、急に「どうしても往かなければならない所があるから」と仰《おっし》ゃって出て往かれた御様子がどうも不審だったので、人を付けさせて見たら、果して坊《まち》の小路のこれこれの所へおはいりになったと云う事だった。――矢っ張そうだったのかと、胸もつぶれるような思いで、それからの数夜と云うもの、私は寐《い》も寐《ね》られず、しかしどうしようもなく一人きりで歎き明かしていた。そんな或夜の明け方だった。誰か訪れて来たものがあるらしく、しきりに門を叩いているようだった。すぐあの方がいらしったのだとは分かったものの、私も少し意地になって、いつまでも戸を明けさせずにいた。やがて私の知らない間に、あの方は
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