っしゃらないので、田舎の方へすぐ便りを出して置いたところ、このほどその父から「そうして居るのも好いと思う。なるべく目立たぬように、暫くでもそうやってお勤をしている分には、気も安まるだろうから」などと書いておよこしになった。父にだって今の私の苦しい気もちは殆ど御わかりになって居そうにも見えないながら、それなりにもそう父のように仰《おっし》ゃって下さるのが一番私には頼りになるのだ。それにしても、私がこうして居るところをこの間御覧なすって帰られたぎり、まだ一度も御消息さえおよこしにならないなんて、まあ、あの方は一体私がどんなになったならば、私の事をもお顧みになって下さるのだろうか。そう思うにつけ、私はこれよりももっと深く山に入るような事があろうたって、どうして里へなんぞ下りるものかと、ますます思いつめて往く一方だった。
或朝、道綱に無理に「魚でも召し上って入らっしゃい」と言いつけて、京へ立たせてやった。が夕方近くなって、もうあの子も帰ってくるだろうと思っていた時分、俄《にわ》かに空が暗くなり、つめたい風が吹きはじめたかと思うと、あたりの木々の葉がさあっと無気味にざわめき出した。悪いときに
前へ
次へ
全66ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング