夕立になったなと思う間もなく、すぐもうそこで雷がごぼごぼと物凄いような音を立て出した。――途中でこんな夕立に出逢って、まあ、どんな思いをしているだろうと道綱の上を気づかいながら、几帳《きちょう》のかげに小さくなって、私はじっと息をつめていた。おりおり山のずうっと彼方に雷の落ちるらしいのが、そんなに怯《おび》えた心には、すぐ目のあたりに落ちたのかと思われる位だった。――そんな中でもってさえ、私はいつの間にか、いっそこの儘《まま》こうして自分が死にでもしたら、せめてはそんな痛ましい最後がおりおりあの方に自分の事を思い出させ、そのお心を充たしてくれるかも知れない――などと考え出していたが、しかし私はこうしているだけでさえ怖くて怖くて、顔も上げられずに、いつまでも腑伏《うつぶ》したきりになっていた。
やがてあたりが薄明くなり出したのに気がついて、私ははっと何かから醒《さ》めたような気もちになりながら、そんなちょっとの間だけ、殆ど忘れ去っていた道綱の事を前よりも一層気にし出していた。それからほどなく、道綱は心もち蒼い顔をしたまま、無事に帰ってきた。「夕立が来そうでしたので、いそいで帰って参りま
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