こうして長らえているのだけれど――」と言い出した。「どうしたら好いのだろうね。尼にでもなったら一番好いのかしら。この世に居なくなってしまうよりか、そうでもして生きていたら、お前にしたってお母あ様の事が気にかかればすぐ会いにも来られるし、それでいてあとはもうこの世に居ないものだと諦めてもいられるでしょう。――そうやって尼になったって、お前のお父う様さえ本当に頼りになるのなら、お前の事は少しも心配は入らないのに、それがどうにももどかしいような気がするので、こうやって物思いばかりしているのだけれど……」と、ひとりごとのように言い続けているうちに、ふとこんな言葉が、かわいそうに、此の子をどんなに苦しめているのだろうと気がついて、私は突然言うのを止めた。思ったとおり、道綱はもう返事もできない位、私の背後でやっと泣くのを堪えているらしかった。
五日ばかりで身が浄《きよ》まったので、また私は御堂に上った。ずっと来ていて下すった伯母もその日お帰りになって往かれた。その車がだんだん木の陰になりながら見えなくなって往くのをじっと見送って佇《たたず》んでいるうちに、逆上でもしたのだろうか、私は急に気もち
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