そのものさえ自分を苦しめ出してくるのだった。ああ、私は一体どうしたらよいのであろうか。……
夕暮の入相《いりあい》の音、蜩《ひぐらし》のこえ、それからそれにつれて周囲の小寺から次ぎ次ぎに打ち鳴らされる小さな鐘などをぼんやり聞いていると、何んともかとも言いようのない気もちがされて来るのだった。
身の穢《けがれ》れている間は、一日中、何もすることがないので、端近くに出ては、私はそうやってしまいには自分を言いようもなく苦しめ出すのが知れ切っているような物思いばかりをしていたのだったが、或夕方も私がそんな端近くでいつまでもぼんやりしていると、後ろから道綱が気づかわしそうに「もうおはいりになりませんか」と私に声をかけた。子供心にも私に物をあんまり深く思わせまいとするのだろう。しかしもう少しこうして居たいと思って、そのまま私がじっとしていると、再び道綱が「何だってそんな事をなすって入らっしゃるのですか。お体にだってお悪くはありませんか。それに、まろはもう睡くってたまりませんから」と言いかけるので、私はついそんな子供にまで、まるで自分自身に向って言いでもするように、「お前の事だけが気になって、
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