は主のみ仏にお祈りをする。周囲は山ばかりだから、昼間だって人に見られる気づかいはなかったので、簾《みす》などもすっかり巻き上げさせたぎりだった。――ただ、ときどき思い出したように間近かくの木々から鳥が何やら叫びながら飛び立つのに、覚えずぎくりとして誰か人でもと、あわてて簾を下ろしかけては、漸《や》っと見知らない鳥が二三羽|翔《か》け去《さ》っただけなのに気がつくような事もあった。そんな時など、それほど空《うつ》けたようになっているおりおりの自分の姿が、私にも何かしら異様に思われたりするのだった。

 そのうちほどなく身が穢《けが》れになったので、私は一度里へとも思ったが、すぐ思い返して、その間だけ寺から少し離れた或みすぼらしい山家に下りている事にした。それを聞きつけて、京から伯母などがやって来てくれた。そんな馴れない山家住いだものだから、何だかちっとも気もちが落着かずに五六日を過しているうちに、もう月の中程になってしまった。山陰の暗いところを蛍が小さく光りながら飛ぶのがしきりなしに見えた。里でまだしも物思いの少なかった頃には、ついぞ二声と続けて聞いたことのないのを怨《うら》めしがった時
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