のに、まあ、この子まで、何んて酷《むご》いことを言うのだろうと呆れながら、私はもう物も言えずにいた。が、しばらくして、皆がもう出て往ってしまっただろうと思える時分になって、ひょっくりと道綱だけが戻ってきた。そうして「お送りいたそうとしましたら、殿がお前はこちらで呼ぶとき来ればいいと仰せになりました」と言うなり、もう溜《たま》らなくなったように、そこに泣き崩れていた。本当にどういうお気もちなのだか自分にもわからなかったが、「いくらあの方だってお前までをこの儘《まま》になさりなどするものですか」と言いすかしながら、さまざまに道綱を慰めているうちに、いつか時は八つになっていた。こんな夜更けてからのお帰りを皆はお案じしながら、「路も大へん遠いのに、御供の人々も居合せたものだけしかお連れなウらなかったと見え、京の内の御歩きよりも人少なだったようでしたけれど――」などと言い合っていたが、私だけは無言のまま、強いてつれないような様子を見せていた。

 しかし夜の明けかかる時分、道綱がゆうべの事をしきりに気にしては「御門のところからでも御機嫌伺いをして参りましょうか」と言いつづけているので、少しいじら
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