書いて持たせてやった。
本当にこんな風にときどき思い出されたように何か気安めみたいな事を言って来られたりなんかすると、反って私には辛くってならない。不意にでもあの方にやって来られて、またこの前のように侮やしい事もないとはかぎらない。こんな私なんぞは、いっその事これっきり何処かへひそかに身を引いてしまった方がいいのではないかしら。――「そう、それがいい、――そうだ、西山にはこれまでもよく往った寺があるけれど、あそこへ往って見よう。あの方の御物忌のお果てなさらぬうちに――」と私は突然思い立つなり、一日も早くと思って、四日の日に出かけることにした。
丁度その日はあの方の御物忌も明けるらしいので、気ぜわしい思いで、いろいろ支度を急がせていると、人々が上莚《うわむしろ》の下から何か見つけ出して「これは何でしょう」などと言い合っていた。ふと見ると、それはいつもあの方が朝ごとにお飲みなすっていた御薬が檀紙《たとうがみ》の中に挿まれたままになって出て来たのだった。私はそれを受け取って、その紙の上に「所詮生れ変らねばと思っては居りますけれど、何処ぞあなた様がわたくしの前を素通りなされるのを見ずにもす
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