むような所がござりましょうかと存じまして、今日参ります。ああ、また問わず語りをいたしてしまいました」と書きつけ、その中に元のように御薬を入れて、道綱に「もし何か訊《き》かれそうだったら、これだけ置いて早く帰っていらっしゃい」と言いつけて持たせてやった。
それを御覧になると、余程あの方もお慌てなされたと見え、「お前の言うのも尤もだが、まあ何処へ往くのだか知らせてくれ。とにかく話したいことがあるので、これからすぐ往くから――」と折返し書いておよこしになった。それが一層せき立てるように私を西山へと急がせた。
その五
山へ行く途中の路はとり立ててどうと云うこともなかったが、昔、屡《しばしば》ここへあの方とも御一しょに来たことのあるのを思い出して、「そう、四五日山寺に泊ったことのあったのも今頃じゃなかったかしら、あのときはあの方も宮仕えも休まれて、一しょに籠《こも》って入らしったっけが――」などと考え続けながら、供人もわずか三人ばかり連れたきりで、はるばるとその山路を辿《たど》って往った。
夕方、漸《や》っと或淋しい山寺に着いた。まず、僧坊に落ちついて、あたりを眺めると、前方には
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