さそうに、さっきから止めずにいたお勤をなおも続けているようなふりをしていたが、しかし心の中には何かいままでについぞ覚えた事のないような、はげしい怒りにも似たものを涌《わ》き上がらせていた。――

 六月の朔《ついたち》の日、「お物忌のようですから」と門の下から御文をさし入れていった。おかしな事をすると思って、披いて見ると、「もうそちらの物忌も過ぎただろうに、何だっていつまで余所《よそ》へ往っているのだ。どうもわかり難そうな所なので、つい伺わずにもいるが。――こちらの物詣《ものもうで》は穢《けが》れが出来たので止めた」などど書いてある。こちらへもう私の帰って来ている事を今までお聞きにならずにいる筈はないと思われるので、一層腹が立ってならなかったが、やっとそれを我慢して、「こちらにはずっと前から帰っておりました。そんな事なぞどうしてあなた様にお気づきなされましょうとも。わたくしの知った所なんぞとは違った、思いもつかないような所へしじゅう御歩きなされていらっしゃるのでしょうから。――何もかもみな、今まで生き長らえている私の身の怠りなのですから、いまさら何も申し上げようもござりませぬ」と返事を
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