」などとある。私がそのまま返事を出さずにいると、人々がそれではあんまりだと言ってうるさいので、「二た月もお見えにならなかったのに、不思議な御文ですこと」とだけ返事を書いてやった。少しでも早く静かに落着きたいと思うので、急いで父の家へ引き移って往った。月のない空に、夜まで一そう更けまさって見えた。いつものように私の胸の中は沸きたぎるようだったけれど、父の家は手狭でもあったし、生憎《あいにく》人もごたごたしていたので、息もろくにつけずに、胸に手を置いたような、重くろしい気もちでその夜は明かした。
思ったとおり、あの方からはそれっきり何の音信もなかった。
四月にはいると、道綱を側に呼んで「お前も一しょにおし」と言って、いよいよ長精進を初めた。と云っても別にものものしくはせず、ただ脇息《きょうそく》の上に香を盛った土器《かわらけ》を置いたぎりで、その前で一心に仏にお祈りした。その祈る心も只「大へん私は不為合《ふしあわ》せでございました。昔から苦しみばかりの多い身でございましたが、この頃はほんとうにもう生きている空もない程でございます。どうぞ思い切って死なせて、菩提《ぼだい》をかなえさせて
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