てしまった。そうしていつの間にかもう寐入《ねい》ってしまわれたようだったので、私は急に気抜けがしてそのまま黙っていると、その時ふいとあの方は薄目をお開けになって、そう云う私に「どうしたのだ。もう寐てしまったのか」と意地悪そうにお笑いかけなすった。けれども、私はもう石のように押し黙ったぎり、そのまま夜を明かしてしまったので、翌朝あの方は物もお言いにならずにお帰りになられた。
それから二三日するかしないうちに、あの方は何事もなかったかのように、例の縫物などを持って来させて、「これを仕立ててくれ」などと言っておよこしになった。が、私はそれには手もつけずに、そっくりそのままそれを返えしてやった。
三月も末近くなってから、父が京に上って来られたので、私はあんまりこうして暮してばかり居ても息苦しくって溜《たま》らなかったし、それに忌《いみ》も違《たが》えがてら、しばらく父の所へ往くことにした。そちらで、この間から思い立っていた長精進もはじめようかと思い、いろいろその支度をし出しているところへ、あの方から御文があった。相変らず「勘当は未だなのか。もう許してくれるなら、暮方にでも往きたいがどうだ
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