子をお側に置かれて、「おれの心もちはちっとも変らないのに、それを悪くばかりとるのだ」などとお聞かせになって入らっしゃるらしかった。
 それから、どうした事やら、不思議なほどあの方は屡《しばしば》お見えになるようになった。この頃急に大人寂《おとなさ》びてきたような道綱があの方のお心をも惹《ひ》いたものと見える。それはあの方が何時になくいろいろとあの子の御面倒を見て下さって、今度の大嘗会《だいじょうえ》には何か禄《ろく》を給わらせよう、それから元服もさせようなどと、仰《おっし》ゃり出しているのでも分かるのだった。私までも一と頃はいささか昔に返ったような気もちになりかけていた位だった。
 が、道綱の元服もとどこおりなく果てたかと思うと、またしばらく例の御物忌とやらでお見えにならないようになった。毎日のように、道綱は内裏《うち》に一人で出て往っては、また一人で淋しそうに帰ってくる。そんな或日の事、あの方が「きょうは往けたら往こう」などと御消息を下すったので、もしやと思ってお待ちしていたが、その夜も空しく更けて往くばかりだった。やがて気づかっていた道綱だけが、ただ一人で浮かない顔をして帰ってきた
前へ 次へ
全66ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング