例によって少しひねくれて書いてやった。
やがて相撲《すまい》の頃になった。もう十六になった道綱がしきりにそれへ往きたそうにしているので、装束をつけさせて、先ず殿のもとへと言いつけて出してやった。その夕方、あの方が車の後《しり》へでも乗せて送って来て下さるかと思っていると、他の人に送られて来た。その次の日も道綱は出かけて往ったが、夕方、また雑色《ぞうしき》などに送られて来た。子供心にも、いつもなら御一緒に送って下さるものをと、そうやって一人ぼっちで帰って来るのがどんな思いであろうに。……
ところが、八月にはいって、或日の夕方、突然あの方がお見えになった。「明日は物忌《ものいみ》だから門を強く鎖《とざ》しておけ」などとお言いつけになって入らっしゃるらしかった。私はもう物も言われない位、胸が沸き立つような気もちがしていると、あの方は道綱をお側に引きよせられて、そんな私の方をちらっと見やっては、何かひそひそと耳打ちしていらしっていた。「我慢をしておいで」なぞと囁《ささや》いているのが、ふと私の耳にも入ったりする。しかし私はどうにもしようがなしに、黙ったまま向き合っていた。翌日も、一日中あの
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