ち見せてやろうなどと仰《おっし》ゃって下すってはいるものの、こうやって自分の命のほども分からず、それにまたあの方のお心の中だって少しも分からないしするので、どうせ自分はそれをも見ずにしまう事だろうなどと考え続けていると、その心細い事といったら何んともかとも言いようのない程であった。
そんな工合に何時までたっても同じような容態だったので、名高い僧なども呼んでいろいろと加持を加えさせて見たけれど、一向はかばかしくはならずにいた。そこでしまいには、事によるとこのまま自分もはかなくなってしまうのかも知れない、そうなったって自分の身なぞは露ほども惜しくはないけれど、只あとに一人きり残される道綱がどうなることか知らん、と私は急にそれが気がかりになって、或日、いかにも心もとないあの人だけれど、まあそれでもと、苦しいのを我慢しいしい、脇息《きょうそく》によりかかりながら、やっと筆を手にして、遺書と云うほどのものではないが、ともかくもあの方に道綱の事をくれぐれもお頼みし、それからその端に「他の人には言われないようなおかしな事までいろいろ申し上げましたけれど、どうぞそんな事をもお忘れなさらずにいて下さい
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